お彼岸と抹茶|ぼたもち・おはぎに込められた意味と茶道文化のつながり

お彼岸と抹茶|ぼたもち・おはぎに込められた意味と茶道文化のつながり

もうすぐお彼岸です。

お墓参りや仏壇へのお供えなど、ご先祖様に思いを寄せるこの季節。
スーパーや和菓子屋さんにぼたもちが並び始めると、春の訪れを感じます。

今回は、お彼岸の意味や由来、ぼたもちとおはぎの関係、そして茶道文化とのつながりについてご紹介します。


お彼岸とは?

お彼岸は、春分の日・秋分の日を中日として、前後3日間ずつ、合計7日間の期間を指します。
2026年の春彼岸は、3月17日(彼岸入り)〜3月23日(彼岸明け)です。

「彼岸」という言葉は、サンスクリット語の「波羅蜜多(パーラミター)」を漢訳した「到彼岸(とうひがん)」を語源とします。

仏教では、私たちの住む煩悩や迷いに満ちた世界を「此岸(しがん)」
悟りの境地であるあの世を「彼岸(ひがん)」と呼びます。

春分の日と秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈む日。
仏教の浄土思想では、極楽浄土は西方にあるとされているため、
この日は「此岸と彼岸がもっとも通じやすい日」とされてきました。

そのため古くから、春分・秋分を中心にご先祖様を供養する「彼岸会(ひがんえ)」が営まれてきたのです。


お彼岸は日本独自の文化

実はこのお彼岸、インドや中国など他の仏教国には見られない、日本独自の風習です。

古来の日本には、太陽や祖先神への感謝を基本とした「日願(ひがん)」信仰があったとも言われています。
その自然への信仰が、仏教伝来後の彼岸という概念と結びつき、
日本ならではのお彼岸の文化が生まれたと考えられています。

記録に残るものとしては、平安時代初期(806年)に早良親王の霊を慰めるために行われた7日間の読経が最古のお彼岸の行事とされています。
その後、江戸時代中期にかけてお墓参りの習慣が庶民に広く定着しました。


ぼたもち・おはぎ|お彼岸のお供えに込められた意味

お彼岸といえば、ぼたもちとおはぎ。

どちらも、もち米と小豆あんで作られた同じ和菓子ですが、季節によって呼び名が変わります
春のお彼岸には春に咲く「牡丹」にちなんで「牡丹餅(ぼたもち)」、
秋のお彼岸には秋の草花「萩」にちなんで「御萩(おはぎ)」と呼ばれます。

あんこの種類も異なります。
小豆の収穫は秋のため、秋は採れたての小豆で皮ごと使ったつぶあんのおはぎを。
春は冬を越して皮が固くなった小豆の皮を取り除いたこしあんのぼたもちを作るのが伝統的です。

小豆の赤には邪気を払う力が

お彼岸に小豆を使ったお菓子をお供えする理由には、小豆の赤い色には邪気を払う力があるとする古来の信仰があります。

また、昔は砂糖がとても貴重だったため、甘いものをお供えすることがご先祖様への感謝の表れでもありました。
「もち米」と「あんこ」を合わせることで、ご先祖様と自分たちの心を「合わせる」という意味も込められているといいます。


茶道とお彼岸|禅の精神をつなぐ一服

茶道は、禅宗とともに日本に根付いた文化です。

禅の修行においてお茶は欠かせないものであり、禅寺では「茶礼(されい)」と呼ばれる作法として、今も修行僧たちが共にお茶をいただく習慣が続いています。
仲間と同じお茶を飲むことで、「和合(わごう)」の精神を体現するのです。

その精神を一つの文化として大成させたのが、千利休です。
利休が説いた「一期一会」の心、つまり今この瞬間の出会いを一生に一度のこととして大切にするという考えは、
お彼岸のご先祖様への感謝や、命と向き合う姿勢と深く通じています。

お彼岸の本来の意味である「六波羅蜜(ろくはらみつ)」の修行、すなわち布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧を実践すること。
これはまさに、茶道が大切にしてきた心を整え、自分を見つめ直す時間と重なります。

ご先祖様を想うこの季節に、静かに抹茶を一服いただく時間は、
日本人の心に根付いた供養と感謝の文化を、現代に感じさせてくれます。


お彼岸の和菓子と抹茶を一緒に

茶道では、お茶とともに季節の和菓子をいただきます。

お彼岸の時期に、ぼたもちや春らしい和菓子とともに一服の抹茶を。
その組み合わせは、何百年も前から続く日本の文化のひとつです。

出張茶道体験では、季節の和菓子とともに抹茶をお楽しみいただけます。
ご自身で茶筅を持ち、一碗の抹茶を点てる体験は、
日常の忙しさをそっと手放し、今この瞬間に向き合うひとときです。